農山村が迎える変貌と、品目横断的経営安定対策の問題点

 本稿は、民主党東北地方自治体議員フォーラム研修会(平成18年8月18日開催:於花巻)での筆者の講演録を加筆修正したもので、平野達男個人の見解をまとめたものです。

● 問題の所在

  今、農山村で一番問題になっているのは、いわゆる品目横断的経営安定対策(以下「品目横断対策」といいます。)ではないかと思います。これは、原則として、個人経営の場合には4ヘクタール以上の担い手農家、団体については、生産法人或いは集落営農でもいいのですが、20ヘクタール以上を対象にして、特定の品目について個別ではなく横断的に直接支払いをやりましょう、という政策です。

  この直接支払いというのは、民主党が農林漁業再生プランを出した時に、価格政策ではない、或いは建物に補助金を出すのではない、農家に直接キャッシュで行く、所得が支えられる、所得がしっかり確保できるような仕組みを作ろうと提案したのが最初です。
  対象作物として麦、大豆、でんぷん用馬鈴薯、てんさいに限定しているなど民主党の考え方とは違っている点もありますが、直接支払い制度を採用したという点においては、私どもは、農政の望ましい方向への大きな転換として評価しております。

  細部にわたる問題は別として、最大の問題は、個別経営は4ヘクタール以上、団体については20ヘクタール以上、と農業の担い手を限定したことです。私に言わせれば、これは、究極の選別政策であります。このような選別政策が、今の農山村の状況、そしてこれから直面しなければならない農山村の大きな変化に、本当に適合するものなのか、これが一番大きな問題です。

  そこで、何故この選別政策が農山村の実情に合わないのか、説明して行きたいと思います。

    選別政策ですから、政策上は対象となる農家あるいは団体以外は農業をやらなくてもいい、むしろ農業からリタイヤして、農地を担い手農家や生産法人に託せ、と進めていることになります。つまりは、農地の流動化、経営の集団化を加速するということです。  背景には、これまでの農業政策がいわゆるバラ撒きで、その結果、意欲のある農家、団体の育成が阻害されてきた、との指摘があるとされています。  しかしながら、こうした認識のもと、品目横断対策が正当性をもつためには、以下のことがキチンと説明されることが必要です。

@ 農地の流動化、集団化を政策的に加速させなければならない、ということが、農山村の実情から見て、あるいはこれから農山村が直面しなければならない状況を踏まえ、適切な政策かどうかです。

A 仮にそうだとしても、今回の政策によって農地の流動化や生産の集団化が円滑にすすむのか。具体的は、いわゆる担い手農家などが、積極的に規模を拡大していくか、ということです。

 @は政策上の基本理念に関するもので、Aは政策の具体的中身に関するものです。わたくしは、この二つの課題の中で特に、@の問題がきわめて重要だと思います。

●農地の流動化、経営の集団化は「政策的」に加速させなければならないのか。

  上記@について考える上でのキーワードは、「人口減少」であります。我が国における農家人口等の急激な減少と高齢化です。
  農家人口、農業就業人口、基幹的農業従事者とも合わせて大きく減り続けています。同時に、基幹的農業従事者の高齢化がどんどん進んでいます。65歳以上の方々が今の基幹的農業従事者の6割を占めるというのが、今の農村の現状です。わが国の農業は高齢者が支えていると言っても過言ではありません。農村を歩いていますと、特に中山間地域の農村地域では、老夫婦、或いは独居老人が家を守り、農業をやっていることが当たり前の姿になっています。

  日本は、人口減少社会に入っています。過去50年間に日本は、人口が5割増えました。8000万人から4000万人増えて、1億2千万人になりました。ところが、少子高齢化に歯止めがかからなかったため、これから少子化対策をいくらやったとしても、日本は確実に人口が減っていきます。あるシナリオによれば、今後50年間で、過去50年間増えた人口がそっくり減るという推計もあります。日本は、これまでどの国も経験したことのない、急速な人口減少社会に入っています。

  さらに、考えなければならないのは、日本は全国一律で人口が減っていく訳ではないことです。都市部では、余り人口は減らないと思います。若い方々は、中都市や大都市の方に職を求めて移動しています。急速に進む人口減少の波を、農山村は大きく増幅されて被る、と考える必要があります。私は、これから農山村は、過疎化どころではない、場所によっては集落がなくなってしまうような、急激な変化が起こると考えています。

  したがって、ただでさえ、農業をやる人がこれまで以上に急速に減っていきます。そういう状況の中で、「政策的」に農業従事者の減少をさらに加速するという考え方が、農山村の機能維持、地域農業を維持していく上で果たしていいことなのか。今回の品目横断対策には、こうした農山村を取り巻く状況についての認識が、全くといっていいほど欠けています。

  私は、農地流動化や営農の集団化は、今後の農業従事者の減少に合わせて進めていくべきであると考えています。
  後述するように、農地流動化をめぐる環境は大きく変わっています(参考参照)。これまでは、農地流動化は、農地の出し手をどう確保するか、がかぎでした。しかし、これからは、農地の出し手ではなく、出てくる農地をどう流動化するかが大きなかぎです。黙っていても、農業従事者の減少が急で、受け手を求めた農地がたくさんでてきます。それにきちんと対応して行くだけでも、大変なはずです。

 さらにいえば、農業は他の産業と基本的に違います。技術革新はありますが、革新的なものはそれほどありません。春に種を植えて、それを育て、秋に刈り取る、あるいは収穫する。これは、農業が始まって以来続いてきた流れです。農業・農村は基本的に急激な変化を受けつけないのではないか、と漠然とですが考えています。これから起こるであろう農村の変貌は、それに対応するだけでも大変な労力と知恵が必要です。今最も大事なことはこの認識であろうと思います。

●品目横断対策は農家の経営規模拡大意欲を増す政策となっているのか。

―政策の重点化にはなっていないー

  このことを考える足がかりは「耕作放棄地の増大」です。
  耕作放棄地は、非常な勢いで増えており、統計上、36万ヘクタールに及んでいます。実際はもっとあると思います。
  耕作放棄地は、農地を耕作する人がいなくなる一方で、その農地を受けて規模拡大をするとか、作業受託して規模拡大する農家がいないことから発生します。つまり、高齢化など色々な事情があって、農業を継続できなくなり、誰かに預けたくても引き受け手がいないから、結局、耕作放棄地になってしまうのです。

  原因は二つあると思います。
  一つは、農地の耕作条件が悪いことです。農地が遠いところにある、区画が小さくなどの理由によって農地の引き受け手がないということです。
  もう一つは、規模拡大する経営上のインセンティブが働いていないのではないか、ということです。経営規模が大きくなれば設備投資が必要ですし、経営上のリスクも高くなってきます。ところが、政府の品目横断対策では、受け手農家に規模拡大のインセンティブがはたらくのかどうか大変疑問です。

  6ヘクタールの農地を経営する認定農家がいるとします。この農家は品目横断対策の該当農家になりますが、基本的にこの農家が受け取る補助金の額は、新しい対策に移行する前と比較してほとんど変わりません。品目横断対策は、一見複雑な政策に見えますが。これまで、品目ごとに独立していた所得対策を、統合再編し、その支払い対象農家を限定しただけの政策に過ぎないことが大きな理由です。
  つまり、経営体側からみた場合、新しい政策に移行することによる経済上のメリットはあまりないということです。将来の更なる農業政策について、政府は展望を示しているわけでもありません。

  「政策の重点化」といっていますが、単に政策の対象農家を絞っただけです。こうした対策のどこから、今まで以上の経営規模拡大の意欲が出てくるのでしょうか。下手をすれば、受け取り希望する農地はドンドン出てきても、受け手がなく、結局耕作放棄地だけが増える、という結果になりかねません。中山間地域を中心にこのことは現に進行しつつありますが、品目横断対策が、これに歯止めをかけられるかどうかはなはだ疑問です。

●品目横断対策が農村の実態に合わない更なる理由

  今日本農業は、高齢者によって支えられています。
  しかし、品目横断対策は高齢者を農業者として認めていません。
  高齢化時代に入り、年金と農業によって生活をしている方々がたくさんいます。そこへ、あなたは、認定農業者ではないから、農業を辞めて農地を誰かに託するか、農業を継続したければ集落営農をやれ、といっているのが今回の政策です。 「農業を辞めて何をしろというのか」、というのが、そういった高齢者の方々から出てくる言葉です。私はこれに対する答えを持ち合わせていません。

  更に言いますと、これは岩手県でも、他県でもそうだと思いますけれども、景気回復したとはいえ、農村部はまだまだです。そして農家の多くは、他産業の収入だけで生計が成り立つ所ばかりではありません。むしろ、そういう農家が少ないというのが実態です。特に、中山間地域の農家というのは、他産業に従事しながら、小規模とはいえ自分で農地を耕して、できた農産物は売れる場合には少しであっても売って、生計を立てているような農家が沢山あります。
 こうした状況では、小さいからと言って農業から離れるわけにはいきません。

●直接支払いの対象はどうあるべきか

  それではどうするべきか
  今の農山村の実情から判断すれば、残念ながら、農業従事者の減少には当面歯止めがかかりません。これからも受け手を求めた農地がどんどん出てくると考えなければなりません。
  この観点からすれば、いわゆる担い手を中心とした受け手対策、営農の協業化・集団化がこれまで以上に重要になってきます。したがって、確かにこうした担い手の育成政策を充実させることは必要です。しかし、同時に今必要なことは、その経営規模にかかわらず、できるだけ農業従事者は確保する必要があるということです。

  これからの農村で起こるであろう変貌は、受け手が農地を受けられる以上の早さで、受け手を求めた農地が出てくることを予想させます。
  農地の流動化や経営の集団化は必要です。しかし、重要なことは、それは、今後の農業従事者の減少に合わせてやっていけば十分で、実はそれだけでも大変なのではないかということです。それを政策的に加速するようなことは、弊害のみが大きいと考えています。

  要約すれば、農業に意欲のある農家は、出来るだけ長く農業に従事してもらう環境を整備すること。一方で、規模拡大志向農家の育成、あるいは、急ぐことなく営農の集団化を進めていくことです。

 直接支払いの対象を個別経営4f以上、集団20f以上と限定することは行き過ぎの選別政策です。直接支払いの対象は意欲のある農家すべてとすべきです。そして、そのうえに経営規模の拡大や営農の集団化を促進する政策を上乗せする、という二段階の政策とすべきです。

 そしてこれこそが民主党の掲げる、意欲のある農家すべてを直接支払いの対象とする考え方につながります。
  これを「バラ撒き」との批判はあたりません。農業従事者がたくさんいる、離農をしても他産業への就業機会が十分あるといった状況の中で、あらゆる補助政策をすべての農家を対象としておこなったことを「バラ撒き」と言えないこともありません。
  しかし、黙っていても農業従事者は減り続ける、高齢者が主体でそういった方が離農してもやることがない、という現在の状況下では、意欲のある農家すべてを対象とすることは、政策上の積極的な意味を持っています。

●集落営農について

  今、農村地域では、集落営農をやれと言われているはずです。そう言われて、農家には、何で集落営農をやらなくてはならないのだ、と思われている方々も多いはずです。しかし、集落営農でないと直接支払いの対象になりませんと説明され、仕方が無く、集落営農に取組もうとしている方が多いのではないかと思います。

  私もこの半年間程、この岩手県内の農村をずっと回っておりました。県会議員の先生方とも連携しながら、地域の座談会を開きながら、農家から意見を聴いています。とにかく制度にのって集落営農を作らないとお金をくれないから、集落営農をやろうとしている。そういう印象を受けます。
しかし、集落営農が、本当にいい仕組みで、農業者にメリットがあるのなら、直接支払いが来ようと来まいが、集落営農はもっと地域に根付いているはずです。

  集落営農は、参加農家の理解の元、うまく仕組めば、大きな効果を発揮します。岩手県でも、優良事例地区はたくさんあります。しかし、そういった地区に共通するのは、ほ場整備事業などを契機として、集落においてじっくり時間をかけ、体制づくりをしてきたということです。
  新しい制度が来年からはじまるから、すぐに集落営農を仕組めといわれて、簡単にできるものではありません。 集落営農というのは、要するに、共同作業です。日本では歴史的に見て、戦後一貫して、農業というのは家族経営でした。自分の家の田圃は自分で経営し、家計も自分で経理して来ました。そこに今、集落営農として、経理の一元化、農地の集約計画の移行、ある特定の方々への作業の集約をやろうとしている。それを、農家の方々が納得してやるのならいいですが、協業化へのしっかりとしたインセンティブの無い中で、20ヘクタール分の集落営農を作ろうとしても、簡単には私は出来ないと思っています。

  確かに集落営農に参加しなければ、大豆や麦など、そういったものの交付対象になりません。しかし、無理繰り集落営農をやって失敗しますと、後で色々な感情の問題が残ります。ですから、この集落営農については、本当に時間をかけ、本当にこれが相応しいのかどうか、真剣に議論するべきです。

  先の通常国会で、この品目横断的経営所得安定対策に係る法律が、残念ながら与党の賛成多数で通ってしまいましたし、平成19年度予算では、その通った法律を前提とした予算 が計上されます。
  しかし、ここは、地域にとって本当にどういう体制が一番いいのかということを、しっかり議論すべきです。私は、地元の農村に行ったときには、1年2年遅れてもいいから、無理して集落営農は作らないほうがいいと言っています。

(参考)  農地の流動化が進まなかった背景
  ―農地の出し手が少なかったことが大きな理由―

  農地の出し手(規模縮小農家、離農する農家)から農地の受け手(規模拡大農家)に農地を流動化するという政策は、いわゆる構造政策として、農地改革後の農政の中核となりました。当時の日本の農業はどうだったか、高度経済成長下の昭和40年代は人口の45%位が農家でした。他産業への従事機会は沢山ありました。仮に離農したとしても、生活できる環境にありました。
  経営面積も1ヘクタール未満という零細農家が主体でした。さらに、農地も零細分散錯圃といって小さな区画で彼方此方に分散しておりまして、そういう中で、農業をやっていました。そういう状況で、構造政策によって意欲ある農家に農地を集積し、規模を拡大しようとするのは、これはある意味では正論であったと思います。ところが、御承知のように、農地の流動化というのは、余り進みませんでした。その背景については様々議論がありますが、ここでは数点挙げたいと思います。

  一点目は、農地法アレルギーというものがあったことです。
  農地法は、所有権ではなくて、耕作権を優先することを柱に法律が組み立てられました。農地改革の精神を受けついだものです。
  耕作権を優先することは、農地を貸したら、借りた方の利益が優先するということです。この考え方のもとでは、貸し手は一旦農地を貸したら、なかなかもどらないことを覚悟する必要があります。これが、農地の貸し借り推進の大きな阻害となりました。農地流動化促進法、経営基盤強化法など、いわゆる農地法のバイパス法の制定によって、耕作権の優先か期間限定することで、その弊害は制度上なくなりましたが、農地は貸したらもどらない、という認識がしばらく蔓延し続けました。

  二点目は、高米価政策です。
  当時の米価は、生産費所得保障政策を採りまして、色々なモデルを作って、1.5ヘクタール位の農家を対象にして、これだけのこの農家が米を作るためには幾らお金かかるかを計算しました。それで、当時は、賃金は物価スライドでどんどん上がってく、物件費も上がっていきますから、米価もどんどん上がりました。また、米価の設定は重要な政治課題であり、高米価へ向けた政治的圧力もかかっていました。
  一方で、土地改良も進み、機械化も進みました。そういう状況の下、小さな農家でも米を作っただけ所得は上がったので、小さくてもいいから米を作ろうという方が多く、農地の流動化が進まない背景となりました。   三点目は、資産価値の上昇です。
  高度経済成長下、農地の資産価値はどんどん上がっていきました。それが農地流動化が進まなかった理由であることはよく知られて通りです。

  四点目として、こういう状況下でも、農業政策は規模などの大小にかかわらず平等主義を取ったことです。経営規模によって、補助金などに差を設けることはしませんでした。農地の出し手に「踏切料」として補助金を出すとか、規模拡大農家に小作料の前借り制度をつくるとか、緩い形の流動化支援策が主流であり、補助金の交付対象をはっきり選別して、それよって流動化を進めることはしませんでした。

  今、以上のような状況は大きく変わっています。
  農地法アレルギーといったものは、だいぶなくなりました。むしろ、農村の状況はそんなことをいってられる状態ではなく、高齢化の進展にともない農地を貸したい、という方が急速に増えています。
  高米価政策は食管制度の廃止によって過去のものとなりました。価格は市場で決められる形になっており、価格は米の過剰基調から下げ止まっていません。 農地の資産価値の急騰もほんの一部の地域を除き過去の話です。 その上記述のように、農家の高齢化、農村の急激な人口減少が始まろうとしています。 引き受け手を求めて出てくる農地は、こうした観点からも増えてくると考えるのが自然です。農地流動化を進める上では、だまっていても供給過剰(受け手が受けられる農地の量を上回った農地が出てくる状態)になってくると考える必要があります。