経済状況にみる小泉経済政策の概括

■景気は日本全体としては確実に回復

 景気は日本全体として確実によくなりました。

 この5年間に経済の悪化は底を打ち、上昇に転じたということです。原油高、米国の双子の赤字が為替に与える影響、中国の景気動向などまだまだ不安定要素はたくさんありますが、今後も上向きで動くとの見方が支配的です。
 
 景気判断をするにあたってよく使われる重要な経済指標はそれを裏付けています。

  企業の設備投資は増え続けています。GDPの6割を占める個人消費も上がり始めました。銀行の不良債権問題は少なくとも主要行では完全に解消しました。消費者物価も緩やかな上昇傾向が定着しつつあります。労働者の報酬も増え始めています。会社の経営者などが景気の先行きをどのように見通すかを表す日銀短観も先行きの明るさを示しています。物価が持続的に下がるデフレからの脱却を政府はまだ宣言していませんが、少なくとも国民の生活の中でデフレを感じさせるような状況にはありません。

  数年前に言われた金融危機、デフレスパイラルの入り口といった最悪の状況を脱し、経済は確実に強くなっています。

  このこと自体は、歓迎すべきことです。小泉総理の言う「改革の成果」には強い抵抗感がありますが、多くを反論する必要はないでしょう。ただ、あえて言えば、国民がリストラ、給与削減などによく耐えてがんばったこと、中国、米国の好景気に支えられた高い外需があったことが、景気回復の大きな要因だと思います。日本人は元来、難局を乗り切る上で必要な忍耐力が備わっているのかもしれません。


■格差の拡大

  しかし、以上のような話はあくまで日本全体、平均値としてみた状況です。

  視点をもっと細かい点にあてて、経済状態をみると状況は大きく変わってきます。そこには格差の拡大という問題がはっきり見えてきます。都市と地方、大企業と中小企業、業種間、個人間に所得格差、有効求人倍率などの格差が広がってきています。

  私は県内をよく歩いていますが、全体として景気の回復を認識できる状況からは、まだまだ程遠い状態です。また、その県内においても地域間格差は歴然としてあります。例えば最近の有効求人倍率。県平均では0.7(全国1.0)、北上市は1.5、同じ市でも久慈市は0.4を割っています。

  景気の回復期には、格差がでてくるといいますが、景気回復できる地域、産業と、そうでない地域、産業がはっきり分かれて固定化されつつあるように思います。

  小泉総理は当初、「格差はそれほどでもない。しかし、格差の今後の動きは注意深く見守る必要がある。」と強気でした。しかし、現状が次々と明らかになるにつれ、「格差が固定されないようにすることが必要だ。」と格差を認めざるを得ませんでした。 

  後で述べますが、小泉内閣の経済政策は、強者に経済の牽引役を担わせる、との方針で一貫していました。競争の原理を最大限に(かつ無制限に)活用し、その中で勝ち残ったものが、経済全体を引っ張ることで、社会全体の経済の底上げができるという考え方です。まさに強者の論理です。勝ち組、負け組という言葉が流行しましたが、強者の論理が優先されたことを象徴的に示しています。

  競争の過程で、一度失敗した者は、くじけずに再チャレンジすればいい、と小泉総理は言っていました。その通りです。しかし、そうした競争に参加すらできない人々、地域があることがここでは忘れられています。競争に参加できるのはまず、お金と才覚のある者に限られます。若者の中でそういった条件を満たすことができる人はそもそもどれぐらいいるのでしょうか。また、一次産業以外に主だった産業のない地域、高齢化の進んだ農山漁村、身体に障害を持った方々などの弱者への配慮は全く感じられません。

  また、競争の原理は企業が生き残ることが最優先されます。企業の収支改善のため、リストラ、正規雇用から臨時雇用への転換が図られました。それが、個人間の所得格差を拡大させる原因となったことは各方面から指摘されています。

  「格差の拡大」は、小泉政治の負の遺産、との指摘もありますが、ちょっと言い過ぎかもしれません。ものの流れ、お金の流れに国境がなくなっている今日、競争は、国内、国際を問わず激化していくと考えなければなりません。つまり、格差は拡大する構図にあるのです。問題は、小泉政治が格差を拡大させたことではなく、格差の拡大に目をつむり、弱者に対する措置をほとんど何も講じなかったことです。


■景気回復のために払った代償措置

  景気の回復は、その一方で大きな代償を払っています。少なくとも二つの極めて大きな国民負担を伴う政策と引き替えにされたものです。

  その一つは財政の悪化、すなわち国の借金の増大です。
確かに小泉総理は景気回復のため国債の増発による公共事業の拡大をすることはしませんでした。むしろ公共事業費は削減をしました。これまでに景気対策とはまったく違ったスタンスをとりました。財政事情を考えれば、やむを得ない、しかし、適切な判断であったと思います。その一方で、増え続ける社会保障費、減る税収にはほとんど何もしませんでした。いわゆる年金制度の抜本改革は働く世代の負担を増やすという数字合わせに終わっていますし、医療制度についても同様でした。

 結局、国の財政規模を維持するため、平成18年度予算を除き、毎年30兆円以上の国債を発行し続けざるを得ませんでした。国債発行残高は、財投債なども含め、この5年間で190兆円増え、670兆円までに膨らみました。国債発行残高の国の経済規模(GDP)に対する割合は、諸外国と比べ日本は群を抜いています。いまや、日本は世界一の借金国になってしまいました。

  もう一つはゼロ金利の長期継続です。

 お金を大量に市場に供給する量的緩和政策はゼロ金利政策を強化したものですが、話が複雑になるので割愛します。金利調整は、正確には日本銀行の政策であって政府の政策ではありません。しかし、世界市場類のない異常な政策であるゼロ金利政策を日銀が採用する状況を作ったのは、それまでの自民党政治、小泉内閣の経済運営の結果でもあります。

 ゼロ金利は、企業などの借り手の負担を軽減する効果を持ちます。企業の資金繰りをやりやすくします。企業最優先の政策といっていいでしょう。しかし、その一方で、預金者の金利が犠牲されます。年金以外に収入のない高齢者などにとっては預金利息も重要な収入であります。ゼロ金利政策は特にこうした方々にとっては極めて過酷なもので、その犠牲の上に成り立つ政策です。 


■金融不祥事の多発など改革の「ひずみ」の発生

 小泉内閣の経済政策の中心は、自由な競争と自由な経済活動を押し進めるための規制緩和でした。規制緩和によって投資家や起業家の活動が自由になります。経済活動の厚みが増し、これらが経済の活性化に果たした役割は大きいと思います。

 規制緩和には、反対する人も必ずいます。規制によって守られてきた既得権益が規制緩和によって犯されると判断する場合です。そういうサイドにとって規制緩和はマイナス。しかし、規制緩和にとって新たな参入者が、あるいは新たな企画が、低価格を実現する、あるいは、消費者がより満足のいく新たなサービスを展開すれば、規制緩和はプラス。要は、全体として国民にどっちがプラスかを判断して規制緩和の是非を議論すべきですが、一般論としては、規制緩和はどんどん進めるべきです。経済の活力は市場の自由な活動から生まれるからです。

  しかし、規制緩和だけが先行し過ぎると、業中心の経済活動になり、消費者、国民の利益が、ないがしろにされる恐れもあります。小泉内閣の規制緩和は消費者や国民の利益を後回した業中心、強い者がより強くなってそれに経済の引っ張らせるという強者の論理に支えられたものでした。

  業中心は、簡単にいえば企業が生き残るためには何をしても構わない、ということです。消費者や国民の利益は後回しとなりました。

 大手生命保険会社の保険金不払い、損害保険会社の保険金不払い問題、消費者金融の違法取り立てなど、金融会社の違法経営の実態は次々と明らかになっています。いずれも、会社の利益のみを優先し、顧客の利益が顧みられなかった結果です。営業停止命令や場合よっては告発するなど政府は厳しく対応していますが当然です。しかし、金融不祥事が摘発されるようになったのは、最近の事です。金融機関を監督する金融庁は、もっぱら金融機関の破綻を防ぐことに重点を置き、顧客保護がおろそかになったことは否定できません。

  三井住友銀行の抱き合わせ販売は、貸し手としての銀行の優越的地位を使って、中小企業経営者にリスクの高い金融商品を融資とセットで事実上強制的に買わせていた事件です。国民の税金である公的資本注入を受け、危機を乗り切ったメガバンクとしては、まことにお粗末極まりありません。

  さらに、最近の主要行の経営には気になる動きがあります。不良債権比率が低くなり過ぎているのではないか、ということです。銀行の貸し出し総額に占める不良債権の比率を不良債権比率といいます。金融危機が叫ばれていた頃の主要行の不良債権比率は8パーセントを越える高い率でした。竹中大臣主導の金融庁のもと、不良債権比率は急速に下がり、今1%台の後半です。   

 銀行の経営改善は進んだことはいいことです。しかし、ここまで不良債権比率が下がると別の見方が出てきます。銀行がリスクを取らなくなったのではないかという疑念です。好い企業だけを貸し手として選べば銀行の経営はよくなります。しかし、企業にリスク資金を提供するという本来の金融仲介機能を果たしていないとすれば問題です。今後、主要行の融資行動をよくみておく必要があります。

 顧客、投資家保護の法制度の整備は緒についたばかりです。今国会では、証券取引法などの改正によって「金融商品取引法」が制定されました。これまでの業中心の体系から、投資家保護という観点を加えた新しい体系となりました。顧客、投資家保護はこれからの金融行政の中心課題とする必要があります。


■ライブドア、村上ファンド

  時代の寵児と言われ、一時はマスコミなどから英雄のような扱いを受けた堀江氏や村上氏。

 しかし、結局、粉飾決算やインサイダー取り引き容疑で司直の手がはいることになりました。彼らが、会社制度や金融業界の変革に好い影響を与えた面があることは否定しません。会社と株主との関係において、これまでの株主軽視の風潮を大きく見直す契機を作ったことなど、評価すべき点があるからです。

 しかし、儲けるためには何をやってもいい、ということを具体的な形で実践してみせたのも彼らです。時代の寵児は、競争社会が生み出した、「あだ花」だったのでしょうか。法や規則の隙間や裏をかいて巨額のお金を手にする彼らのやり方は、まじめにこつこつ働く者の気持ちを逆撫でしたという点においても、責められるべきです。

 ルールの厳格化と、市場の監視機能の強化の必要性を痛感させる事件でもありました。

  景気回復に貢献したのは、既述のように国民であります。

  倒産の連鎖、進むリストラ、切り下げられる報酬、こうした状況に耐えつつ、あらたな製品開発、市場開発、製造、販売などに努力した結果であります。

 その一方で多大な犠牲も払いました。いまも払い続けています。自殺者はここ連続8年間、3万人を越えています。日本はロシアに続いて自殺率において世界で二番目に高い国なのです。なぜ、日本において自殺がこれほど多いのか、についてはいろいろ解説されますが、正確にはわかりません。しかし、人間関係の希薄化が最大の理由であることは間違いないと思います。強者の論理に人間関係は入り込む余地がないように思えます。

 今国会では民主党の山本参議院議員の精力的な活動により、自殺対策基本法が全会一致で成立しました。法案の成立を契機として、自殺者の減少に向けた取り組みを本格化させなければなりません。


■財政再建が最重要課題、本当の政治の出番

  これからの政治の最重要課題は、間違いなく財政再建です。すでに人口減少社会に入っている状況下では、この問題への取り組みは文字通り待ったなしです。

 ちなみに、財政再建は国の借金をなくすこと、と理解されている向きがあるようです。もちろん国の借金を完全になくすことはベストです。しかし、それは、極めて困難なことです。むしろ現実は、これからも国の借金は増え続けることを覚悟する必要があります。

  それでは、財政再建とは何を意味するのか。これは、国の借金の総額をコントロールするのではなく、国の借金の総額を対GDP比一定割合以下に抑えられる状態にすることをまず目標としています。国の債務を際限なく拡散させないためです。しかし、これを達成するのも大変なことなのです。歳出削減、歳入増の両面から取り組まなければなりません。

  景気の回復にともなう税収増によって財政再建をするのが理想です。しかし、そういった楽観論だけで解決できる問題ではありません。国の支出を減らす歳出カット、増税も当然視野に入れなければなりません。社会保障分野では、歳出抑制も必要になってくるかもしれません。年金制度、医療制度のいずれも人口減少社会をにらんだ本当の抜本的改革が必要です。
増税も社会保障制度の見直しなどによる歳出抑制も、国民にとってはつらい政策です。しかし、これからの政治は、このつらい政策をどのように組み立て国民に提示し、理解を得、実行できるかです。これこそ本当の改革、政治の力が試されます。そしてそれは限られた時間での、先送り、失敗の許されない取り組みと言っても過言ではありません。

 さらに、ゼロ金利解除後の日銀の金利操作を誤ると、景気が大きく後退したり、異常に加熱するリスクが常にあります。現に、日銀が2000年に行ったゼロ金利解除は、その後の景気を大きく後退させた最大の要因であるといわれています。ちなみに、その後、日銀は数ヶ月でゼロ金利復活、量的緩和政策の導入に踏み切っていったのは周知のとおりです。
また、金利の引き上げは財政再建にも大きく影響します。仮に、長期金利が1%上昇すると、国債の利払い費は毎年1.6兆円増加し続けます。国の借金である国債発行残高があまりに巨額であるため、このような結果になるのです。財務省がゼロ金利の継続を強く日銀に求めるのはこうした背景があるからです。

 日銀は綱割りの金利調整をしなければなりません。大事なことは、日銀は市場にしっかりと政策の説明をする、それを通じて市場が日銀を信頼する、という関係をしっかり築くことです。国会は日銀の独立性を尊重しつつ、その行動を監視する必要があります。

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