小沢一郎民主党代表誕生

 ライブドア偽メール問題での民主党の対応に対する厳しい批判を受けて、去る3月31日、前原前原誠司代表は辞任を表明しました。この辞任表明を受け、4月3日、民主党代表選挙実施の公告が成され、4月7日に新代表選出のための両院議員総会が開催され、小沢一郎新代表が選出されました。

小沢新代表選出までの経緯は、以下の通りです。

平成18年3月31日 前原代表辞任表明。永田議員辞職願提出(衆議院4月4日許可)。
民主党偽メール問題に関する報告書公表。
4月3日 民主党両院議員総会にて、前原誠司代表の辞任に伴う代表選挙の特例規則(両院議員総会で代表を選出すること等)を承認。
4月7日 民主党代表選挙実施。小沢前副代表を新代表に選出。

 民主党は4月7日、午前中の代表選挙立候補受付に続いて、午後3時、両院議員総会を開き、新代表に小沢一郎前副代表を選出しました。代表選挙には、菅直人元代表と小沢前副代表の二人が立候補し、代表選挙の有権者となる党所属の国会議員を前に政見を発表しました。投票の結果、欠席1名を除いた投票総数191票中、小沢前副代表が119票、菅元代表が72票を獲得し、小沢前副代表が当選しました。尚、任期は今年9月末までです。

 両院議員総会では、二人の立候補者が届出順に、政見演説を行いました。小沢副代表は、「政権交代こそが日本の真の構造改革。2年半前の『民』『由』合併は二大政党制を確立することであった。このままでは二大政党制が崩れ、政権交代できない変則状況になる。党の最前線に立つ。党への国民の信頼を回復し、政権交代への狼煙を再び上げたい。身を捨てることが唯一の恩返しと思う。

 党再生の道は挙党一致。オールキャストで臨めば政権を獲れる」と、党運営のあり方を訴えました。また、「日本は共生の考え方として和の文化を築いてきた。日本は共生を訴え、尊敬を受ける資格が十分にある」と「公正な国」創りを目指し、「黙々と働く人、正直者が報われる社会」の実現を訴えました。政策については、外交面では「憲法の理念に基づく国連を中心にした安全保障。日米基軸だが、アジア重視の外交」を、内政面では「人づくりを何よりも重視する」ことや「地域主権の国」づくりなどを訴え、最後に「自己改革の努力を続ける。私自身も党も改革する。私自身も変わらなければならない」と締め括りました。
 
  私は、いち早く小沢支持を表明した、鳩山グループ、横路グループ、民社グループなどからの代表者と小沢選対を構築し、支持拡大運動を展開しました。短期間の戦いでした。選挙は、小沢優勢で進みましたが、二十数人の新人議員の動向が掴み切れませんでした。当日の演説を聴いて投票相手を決めるとの姿勢だったのです。小沢勝利は確信していましたが、票差は最後まで読めませんでした。

  小沢代表の政見演説は、気迫と情熱、そして決意に満ちあふれたものでした。小沢代表の大差での選出は、この演説が決め手でした。
  また、この代表戦の結果は、危機に瀕していた民主党が、反転攻勢の起点となった瞬間でもありました。

 小沢新代表は当選後の就任挨拶では、次のように決意を述べました。「皆さまの推挙で私のような者が新代表に就任させていただくことになった。身に余る光栄と思う。これからの民主党の、その再建と政権への道を考えたときに、その使命・責任の重大さを感じる。皆さんの力を合わせ、政権交代を実現させるため全身全霊で一生懸命頑張ってまいります」。

 菅氏を代表代行に指名し、党は結束を固めました。

 代表戦前までは、全く勝てないと思われていた衆議院千葉七区補欠選挙(4月23日投票)は、代表を先頭にした党一体となった選挙戦により、勝利。その後の国会運営も民主党の攻勢が勝った展開となりました。