郵政民営化法案をめぐっての劇的攻防


I:問題の多い郵政民営化法案

 通常国会の最大テーマは郵政民営化でした。

 小泉総理の20年来のこだわりともいわれる郵政民営化。しかし、その内容は多くの矛盾を抱えた問題法案でした。国会ではこうした問題を指摘されながら政府側は明確な答弁しないことが多く、与党内から大量の造反者を出し参議院において否決されました。ところが、小泉総理は躊躇することなく衆議院を解散。その結果は与党圧勝、民主大敗北という予想外のものでした。

(郵政民営化はすぐれて金融問題)

 郵便局は郵便、郵便貯金、簡易保険の三事業を一体として行っています。郵政民営化はこれら三事業を分割・民営化しようというものです。まず、郵便事業については政府が株の1部を保有する特殊民間会社(郵便事業会社)、郵便貯金、簡易保険はそれぞれ完全民間会社(郵便貯金銀行、郵便保険会社)が事業を継承します。また、郵便局網を束ねる形で郵便局会社が設立されます。さらに、郵便事業会社、郵便局会社の株を保有する持株会社として特殊会社としての日本郵政株式会社を設立するというものです。

 郵政民営化はすぐれて金融問題といえます。郵政公社には郵貯・簡保合わせて330兆円を超える巨額のお金が集まっています。官に集まるお金であるため、その運用先は公共的な目的を持ったものや、安全確実なものに限られるのは当然です。これまで、こうしたお金は、財政投融資制度を通じて高速道路、空港、新幹線などの基幹的な社会資本整備に使われてきました。

 遅れていた社会資本整備の推進に財政投融資制度は極めて有効に機能したことは事実です。しかし、投資効果の高い社会資本整備は既にそのピークを越えました。にもかかわらず、郵貯・簡保に多くのお金が集まり続ければ、特殊法人にお金が流れ続け無駄な社会資本整備や不要不急な事業に使われてしまいかねません。現にそうした無駄使いの実態が次々に明らかになっています。

 官が国民からお金を集め、それを運用しなければ(使わなければ)ならない必要性は極めて薄れてきています。この意味に於いて郵貯・簡保を民営化し、お金の流れを官から民に変えて行くことは正しい選択といえます。

(なぜ政府の民営化法案に反対したのか―「郵貯・簡保は民営化するのはあまりに規模が大きい」、という問題)

 しかし、だからといって今の郵貯・簡保の規模をそのままにして民営化していいのかという問題が出てきます。

 わが国最大のメガバンクは、今度合併で誕生した三菱UFJフィナンシャルグループですがその総資産は約195兆円といわれています。政府案によって誕生する郵貯銀行は、これより一回り大きい総資産約220兆円という世界にも例のない規模となります。(政府は民営化によって預金の政府保証がはずれることによって、預金量は220兆円から140兆円規模になると言っていますが、それは根拠のない予測以外のなにものでもありません。)

 こうした民営化されたメガバンクたる郵貯銀行の誕生は何を意味するのでしょうか。

 郵貯銀行は普通の銀行と同じように民間への貸し出しや住宅ローンの売り出しができます。こうした金融商品は今ある銀行や信金、信組、農協などでも行っています。巨大な郵貯銀行による民間金融市場の算入は、他の民間金融機関、特に地方の金融機関にとっては大きな脅威となるはずであります。「地域のことは地域で」、がこれからの社会の基本であるという立場にたてば、これは看過できない事態です。郵貯銀行は民営化する前にその規模の適正化、場合によっては地域分割すべきであると考えます。

 一方、別の不安も出てきます。郵政公社はお金を集めることに精通していますが、お金を運用して設けることには不慣れです。これから時間をかけて運用のプロを育成確保するといっていますが、200兆円を超えるメガバンクの資産運用を行えるような十分なスタッフの確保は容易ではありません。やはり民営化するにはまずは現在の規模を縮小して適正な規模とするのが基本だと思います。

 なお、金融の面以外でも郵便事業会社の物流への進出た郵便局会社のコンビニへの進出など、いずれも会社もその規模が大きいだけに将来、民業への圧迫が懸念されるところです。

(なぜ政府の民営化法案に反対したのか―「過疎地の金融サービスが守れない」、という問題)

 郵貯・簡保のお金は郵便局を通じて集まってきます。地域住民は郵便局に口座を持つことでお金の預け入れ・引き出し、年金の受け取り、公共料金などの支払いなどの金融サービスを受けることができます。また、簡易保険は国民誰もが手軽に安心して加入できるサービスです。これらは郵便貯金法、簡易生命保険法などによって国民にあまねくサービスの提供を郵政公社に義務づけられてきたものです。

 しかしながら、政府案では郵貯・簡保の民営化に伴って郵貯法、簡保法は廃止され、いわゆる金融のユニバーサルサービスの義務づけはなくなります。つまりは効率の悪いところ(人口の少ない過疎地など)などでは郵便局での金融サービスの提供がなくなる可能性が高いということです。

 これは国民生活に重大な支障が生じます。地域においては農協や信金信組もなく、郵便局が唯一の金融機関であるというところが少なくありません。岩手県においても例外ではありません。採算に合わないため民間の金融機関が進出してこないからです。農協でさえ支所の数を統廃合によってどんどん減らしています。郵便局が金融サービスの提供を止めれば、その地域が金融機関のない地域として取り残されることになります。

 政府案では民営化に伴う株の売却益の一部(このために2兆円まで基金を積むことができるといっています。)を、こうした採算性の悪い地域における金融サービスの提供などの維持に使うから、心配ないといっています。しかし、民間会社が効率の悪い地域の金融サービスを提供し続ける保証はどこにもないのです。口座の開設などの基礎的な金融サービスはこれまで通り国の責任において確保すべきである、それをなくすことは国民の受けるべき最低限のサービスを否定するものである、というのが反対のもう一つの理由でした。

(なぜ政府の民営化法案に反対したのか―「国債管理政策をどうするか」、という問題)

 国債の適正な管理はこれからの財政運営における最大の課題であり、この管理政策について明確な道筋が確立されない限り郵政の民営化は慎重であるべき、というのはわたくし固有の主張といってもいいかもしれません。

 わが国は空前とも言える巨額の国債発行残高(600兆円)を抱えています。この国債はだれかに保有してもらわなければなりません。保有しようとする主体が少なくなれば、国債発行にかかる金利を高くする必要(受け取る利息が多くなることから国債を買う主体が増えるという理屈)があります。また、国債を保有している主体が国債を大量に売りに出すことでも、国債の金利は上昇します。金利が上昇すれば、国債への利払い費が増え国の財政の圧迫要因となるだけではなく、国債を保有する金融機関などのバランスシートに深刻な影響を及ぼします。

 郵貯・簡保の資金の約4分の1(約140兆円)は国債で運用されています。国債は安全な資産ですが、保有することによる利益は、貸し出しや社債など他の有価証券に比較して高くありません。民営化された郵便貯金銀行・郵便保険会社はより多くの利益を求めて国債を売り、その資金を他に振り向けるはずです。しかし、大量の国債を市場に売り出せば国債の金利が急上昇する恐れがあるというのは上述のとおりです。

 国債管理上は安定的に国債を保有する主体があることが極めて重要です。この観点から郵貯・簡保は国債管理上極めて重要な役割を果たしているといえます。 それでは、郵貯・簡保が大量の国債を保有し続けて郵貯・簡保の管理上の問題は生じないのか、との疑問が出てきます。確かに、これから経済全体の景気がよくなれば、逆に国債を大量に保有し続けることは経営上の大変大きなリスクを抱えることになります。これが今回の郵貯・簡保の民営化推進の大きな理由となっています。民営化して国債保有を減らし、国債大量保有のリスクを減らそうというわけです。

 しかし、わたくしは、郵貯・簡保の経営より、当面は安定的な国債の保有者を確保することが優先されなければならないと思っています。国債の長期金利の変動要因を最小化するためです。そしてこの間、財政再建を急ぎ、国の借金が際限なく増え続けない、という状況を作りあげることです。こうした状況ができれば、国債市場も安定し、国債の売買が金利変動に与える影響も少なくなると見込まれます。

 国債管理をどうするかは、大変複雑な問題で、こうすれば大丈夫といった明確な方針などは出しにくい種類のものです。新規国債発行を減らすことはいうまでもなく絶対必要条件です。しかし、600兆円の発行済み国債の管理をどうするかについては、もう一つマクロ的な管理政策が必要です。しかし、政府はこの点については全くと言っていいほど何も語りません。国債管理上の郵貯・簡保の位置づけを明確にしないまま、民営化だけを進めるのは極めて危険だ、というのがわたくしの強い主張です。


II:解散総選挙、特別国会で郵政民営化法成立へ(郵政民営化法案参議院で否決、解散総選挙へ)

 国会では与党が両院とも過半数以上の議席を占めている以上、郵政民営化法案の成立如何は、与党内からどれだけの反対者がでてくるかにかかっていました。政党政治ですから、「党議拘束」といって、党として認めた法案には、たとえ個人として異論があっても、党決定に従うというのが基本的ルールです。

 郵政民営化法案は自民党として了承した法案とされています。ですから、郵政民営化法案が自民党内からの大量の造反者が出たことで法案が否決されたというのは極めて異例、と言うよりは、異常なことと言っていいと思います。

 一つには法案にはそれだけ問題が多かったということです。民主党はこの点を突きました。しかし、これだけでは、自民党から大量の造反者が出たことは説明がつきません。党内に郵政民営化法案反対を口実に党内政局にして、小泉総理引きずり降ろしの権力闘争があったことは明らかです。このことがあったからこそ、当初関心の薄かった郵政民営化法案が、国民、マスコミの注目を浴びたといっても過言ではありません。そして、権力闘争の側面に注目が集中し、法案の中身の議論についてあまり注目が集まらなかった面があったことは、極めて残念なことでした。

 もちろん、民主党にも郵政民営化法案を否決することで小泉内閣を打倒するねらいはありました。しかし、これは野党としては当然の姿勢であって、法案に問題がある以上、責められるべきことではありません。責められるべきは、解散総選挙を予想し、その準備をしてこなかった「油断」が民主党内にあったことです。

 党内には二つの見方がありました。一つは、郵政民営化法案は否決される、そして小泉内閣総辞職、という見方でした。否決されれば小泉総理は腰砕けになり、衆議院の解散はできず、内閣総辞職になる、というものです。仮に解散しても分裂与党は選挙に勝てず民主党の勝利に終わる、との見方も支配的でした。 もう一つの見方は、郵政民営化法案はどのような形でも可決されるという見方です。法案が否決になれば小泉総理は必ず解散に打って出る。しかし、解散になれば与党は負ける。負けると解っている選挙を自民党は避けるはずである、したがって法案は党をあげて必ず成立させる、との予想で、わたくしは最終局面までこの見方をしておりました。

 しかし、結果はいずれの予測も大きくはずれました。衆議院では僅差で可決されたものの、参議院では与党から大量の造反者がでて17票差で否決。ここで小泉総理は躊躇することなく、というよりは「待っていました。」とばかしに解散に打って出たのです。(事実、小泉さんは解散に向けての準備を早い時期からかなりやってきていました。)

 この解散にもっとも驚いたのは、他ならぬ郵政民営化に反対票を投じた当時の自民党の議員らであったに違いありません。いわゆる造反議員は、法案が否決されても、小泉総理は解散できないと考えていたはずです。現に反対票を投じた議員はそのように告白しています。その予想は法案否決、即日解散で吹っ飛ぶとともに、「刺客」といわれる自民党公認の対抗馬まで出される結果となりました。

 民主党が驚いたのは、大方の予想を大きく上回る与党の雪崩的な勝利、政権交代をかけ選挙に望んだ民主党の惨敗という結果でした。ただ、小選挙区では、全国で、野党の獲得した票は与党票を約100万票上回っていました。にもかかわらず、3分2以上の議席を与党が獲得したことは、小選挙区制がもつ制度の「恐ろしさ」をはっきりと示したものといえます。

(なぜ、民主党は勝てなかったのか)

 なぜ、与党が大きく議席を伸ばしたのか、これを納得のいくように説明するのは簡単なことではありせん。

 一言で言えば、小泉総理の郵政民営化にかける執念のすさまじさと、権力闘争を勝ち抜く意志の強さが、誰よりも何よりも勝っていたということでしょう。国民の感情に直接訴える小泉流のやり方も功を奏したと思います。ただ、小泉総理の、与党の民営化法案反対議員へ恫喝的な国会対応や争点をぼかした選挙戦術などを含め、これまでの一連のやり方に異議を唱えたところで何の解決策にもなりません。

 民主党の対応にこそ根本原因があると考える必要があります。

 郵政民営化については自民党内に賛成派と反対派があるように、民主党内も賛成派、反対派がありました。賛成派にも民営化の形態、民営化の時期等を巡って様々な意見がありました。反対派がいる背景には、郵政労働組合の支援を受けた議員が民主党内にいて、そういう議員の発言・意向に配慮しなければならなかったことも一面としては事実です。民営化反対論者と賛成論者が交錯する中で対案をまとめることは極めて困難でした。また、こういう中で対案をまとめる煩雑さを避けたことも事実です。

 民主党にとって郵政民営化は大きな課題ではなかった、との言い訳もできるかもしれません。確かに、国民にとっても郵政民営化は当初は大きな関心事ではありませんでした。法案には多くの問題がある、それをしっかりと議論することで法案に反対する、というのは野党としては当然の姿勢です。否決、解散総選挙まで予測して対策を立てることなど想定外のことでした。

 結果から見れば民主党に緊張感と戦略が欠けていた、というそしりは免れません。重要法案に関しては、野党も「しっかりとした対案を用意しておく」というのが基本原則でしょう。

 しかし、郵政民営化問題に限っていえば、当初から党内で国民の指示を得られるような対案ができたかどうか極めて疑問です。それほど党内の意見が割れていたと言っていいと思います。結局、まずは肥大化した郵貯・簡保の規模の適正化と、いわゆる郵貯・簡保の使い道である出口改革の必要性を訴えることで当面の対応方針を示すのが精一杯であった、というのが本当のところだと思います。

 曲がりなりにも民営化法案をまとめた小泉自民党との違いはどこにあるかといえば、繰り返しになりますが、総理の郵政民営化に対する固い、独善的ともいえる信念と、この点に関しての強いリーダーシップの発揮があったと言うことに尽きます。

 むしろ、わたくしが問題としたいのは、選挙に入ってからの民主党の対応です。公示直前に郵便貯金限度額の引き下げについて、現実的とは思われない数値目標を出したり、選挙の最中に郵政職員数の縮減を公約したり、場当たり的、小出し的に郵政問題に対する考え方を出し、民主党は郵政民営化をめぐって考え方がぶれている、との印象を国民に与える結果になってしまったと思われる点です。民主党としては、具体的対案は出さない、政府案の問題点を徹底的に突くという方針を掲げ国会で論戦し、一度は廃案に追い込んだ以上、批判はあっても、この方針を一貫して貫くべきであったとおもいます。

III:特別国会の招集、郵政民営化法成立へ

 総選挙後、招集されたのが特別国会です。首班指名選挙で小泉さんは総理へ。 全員再任の内閣人事を行い、郵政民営化法案の審議が再度始まりました。衆議院では民主党は独自の民営化法案を提出しましたが、極めて短期間の中でまとめたために、検討不足の面があったことは否めません。しかし、重要案件に対しては対案を出す、という前原新代表の方針を堅持した、という点において評価されるべきと思います。

 結局、衆参とも4日間のスピード審議で、与党からの造反者ゼロで可決、成立しました。激しい議論が展開された通常国会とは大きな様変りでした。

 これから、郵政民営化法にもとづく郵政民営化は始まります。国会での議論を踏まえしっかり監視していきたいと思います。

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