小泉内閣はなにもせず。国民・企業が支えた自助努力による景気回復に向けた環境作り

 明治初期の大ベストセラーとして、幕臣であった中村敬宇(正直)の「西国立志編」があります。英国の著述家サムュエル・スマイルズの「自助論」を翻訳したものです。福沢諭吉の「西洋事情」や「学問のすすめ」と並び、この時期の代表作ともいわれております。

独立心を持て,依頼心を捨てろ、自主的であれ、勤勉,倹約であれ、と、「西国立志編」で説かれる徳目は、清教徒以来のプロテスタンティズムの精神そのものであるといわれています。キリスト教そのものは別として、この精神は明治の人々の気質によほど合ったらしく、本は数十万部が売れたといわれています。歴史、風土、宗教などが根本的に異なる西洋で書かれたものが原本とはいえ、この本が説くところを受け入れる倫理的風土あるいは精神的気質が、日本社会にはすでにあったということでもあります。

私は、こうした風土、気質が日本人の遺伝子の中にしっかりと組み込まれ、現代に生きる我々の中にも脈々と受け継がれていると信じる一人であります。

さて、政府内には、最近の株価動向や日銀短観などの経済指標から、日本経済は回復の方向にむかいつつある、との判断があるようです。これを受け、「構造改革の成果が出てきた。」と吹聴しているのが小泉総理であります。まさに自画自賛を画に書いたような姿であります。

確かに、景気は大きな底割れなく推移し、一部に明るさが見え始めてきたことは事実であります。しかし、景気低迷の根本原因であるデフレ脱却の道筋も見えず、特に地方の景気の先行きは不透明という事態には何ら変わりはありません。政府の楽観的景気見通しと現実との間には、まだまだ大きな差があることを直視しなければなりません。

 だとしても、「小泉改革の成果」とは一体どういう意味なのでしょうか。

そもそも小泉改革とは、将来の国家像といった大きな構図を示さないままの各論に終始する、およそ改革の名に値しないものであります。その各論でさえ、結果らしきものは出ていません。あえて言えば、大量の企業倒産、リストラ、失業率の増大、そして中小企業を経営する方々などの追い詰められた末の自殺、という大きな犠牲と引き換えに不良債権処理を進めたことぐらいです。

 「言行一致、内外隔てなかるべき」とは西国立志編が説いているところです。しかし、これと全く逆のことをやってきたのがこれまでの政府なのであります。

国債30兆円枠堅持を掲げながら、その維持が困難と見るや、「たいしたことはない」と発言した憲政史上に残る「開き直り公約違反」。

政策破綻であるペイオフ完全実施の延期を、旧大本営発表よろしく政策強化と言ってのけた「大本営発表公約違反」。

単なる国民の負担増を改革と言った、「数字合わせ、負担転嫁医療制度改革」。

骨太方針などどこ吹く風、当初の総理の勢いとは裏腹に、なし崩し的に抵抗勢力との間で妥協に妥協を重ねた「骨抜き道路公団改革」。準備室を作り準備体操だけはするが、それだけに終わりそうな「常に準備中郵政民営化改革」。

財源とセットで地方ができることは地方へと、もっともなスローガンを掲げながら、補助金と交付税の大幅削減、薄くしかも都市部優先の税源委譲、と国の歳出削減中心、地方切り捨て、が実態であり、その神聖なる名をも冒涜した三位一体ならぬ「三悪一体改革」。

現行制度にはほとんど手をつけず、出てきたのは単なる現役世代の負担増。制度の一元化はいいことだと言いながら、結局遠く先送り。抜本的改革案を提示したはずが、現行制度の抜本的な問題が明らかになっただけ。あげくの果て、民主党議員の潔さとは対照的に、多くの与党未納議員がそのけじめもつけず、改正法案の提出者になるという、「未納まみれ、課題先送り暫定年金改革」。

年金改革については参議院選挙で国民の審判が出されたとおりです。

どれをとっても改革の成果などは出てきようがないはずです。

それでも、日本経済が大きな困難に直面しつつも、デフレスパイラルといった深刻な経済危機に陥ることなく何とか持ちこたえて推移し、最近になって確実に業績を伸ばす企業も出てきたのはなぜか。

一つには、中国からの需要が急増したことが上げられます。外需が日本経済の底割れを防いだという説明は大方の見解と一致しています。

もう一つあります。

それは、バブル後の経済危機が迫る中、日本人の底に流れる自助自立の精神がしっかりと働き、自力再生との固い覚悟のもと、国民の懸命の努力と犠牲によって経済状況の悪化を何とか防いできた、ということです。

もし、小泉内閣が貢献したとすれば、「政府の経済政策や総理の言うことはもう当てにできない。」、ということを明らかにすることで、「頼るのは自分のみ。」

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